3月5日(木)に行われた秋田県公立高校入試。
国語の問題に取り上げられた2作品を読んでみました。

『争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から』(山極寿一著/毎日新聞出版 2024年)
ゴリラ研究の第一人者であり、京都大学総長も務めた著者による論説集です。
新聞や雑誌のコラム、講演記録などがテーマごとに短くまとめられており、霊長類の世界へ自然と引き込まれました。
人間に最も近い動物と言われるゴリラやサル、チンパンジーなどの生態が随所に登場し、論説が苦手な人でも楽しみながら読み進められる一冊だと思います。
入試で引用されたのは、終盤に置かれた「道具の発達と物語の変容」という、わずか3ページほどの章。
書名にある「争い」そのものを扱った部分ではありませんが、「物語」というキーワードが、巻末に向かうにつれてじわりと不穏さを帯びていく本書の流れを考えると、まさにその起点となる重要な箇所が選ばれていると感じました。
世界のあちこちで続く戦争、深刻さを増す環境破壊、そして私たちの身の回りで絶えず起こる大小の争いごと。
こうした問題の多くは、自然界の中で人間だけが引き起こしているものです。
だからこそ、私たちの祖先に最も近いとされる霊長類の社会を手がかりに、人間とはそもそもどんな生き物なのか、そしてこれからどう生きていくべきなのかを考え直すきっかけになると感じました。
現代社会を見つめる確かな視点を持ってほしい――。
そんな出題者の思いが、この引用箇所の選択から静かに伝わってくるように思えてなりません。

『あの日の風を描く』(愛野史香著/角川春樹事務所 2024年)
出版社の小説賞を受賞した著者デビュー作からの出題でした。
美術大学を休学中の主人公が、江戸時代の襖絵修復に携わる中で眠っていた才能に気づき、再び絵の道を歩み出そうとする物語です。
入試問題に引用されていたのは、軽い気持ちで修復作業に参加しようとした主人公が、担当教授の言葉によってその責任の重さを思い知らされ、心が揺れ始める冒頭の場面でした。
若者ならではの苦悩や葛藤、そしてそれを乗り越えようとする心の動きは、今を生きる中学生にもきっと響くはずですし、これから始まる高校生活へのエールのようにも感じられました。
古美術修復の裏側や日本画の専門的な技法が随所に盛り込まれていて、読み終える頃には少し美術通になったような気分にも浸れます。
てっきり日本画に精通した著者なのだろうと思いきや、実は現役の薬剤師さんなのだとか。
その意外性にも驚かされました。
「人間は言葉を操るようになって、世界を切り分け、物語にして出来事を因果関係として解釈するようになった」。
これは前出の山極寿一氏の著書にある一節であり、その「物語」が人類の発展を支えてきた一方で、暴力や戦争を生む要因にもなったと指摘しています。
膨大な資料を読み込み、専門外の世界を小説として立ち上げ、人々を魅了するのも言葉の力ならば、敵を作り出し、罪なき人々を苦しめる根拠を与えてしまうのもまた言葉だと、勝手ながら山極氏の指摘に寄せて解釈してみました。
また、そもそも人間とはどのような生き物だったのかを問う論説文と、古美術を通して自分を取り戻していく小説を並べて出題した今回の入試には、未来を担う子どもたちに「今こそ足元を見つめ直してほしい」というメッセージが込められているようにも思えました。
入試問題として引用された本を、この機会にじっくり読んでみてはいかがでしょうか。
県内の公立高校が生徒に求めている読書のレベルを知る手がかりになりますし、今後の読書活動や来年度以降の入試準備にもきっと役立つはずです。
お子さんをお持ちの保護者の皆さまにも、ぜひお薦めしたい2冊です。